足るを知るを知る

40オーバーのおっさんの足るを知るための記録。身の丈にあったファッション、音楽、カルチャーを紹介してくブログです。

パタゴニアバカ一代

94年にアメリカで初めてパタゴニアに出会い、そのデザイン性とコンセプトに共鳴し(嘘) 数々の品を買ってはヤフオクに出し、また新しいのを買ってを繰り返してきました。 キャンプとかよくいきますが、いわゆるガチなアウトドアマンではないです。

出会い

アメリカに留学していた時、キャンパスを見たことない紫のダウンを着て歩いている人がいました。 その方はかなりのシャレモンで(+多分お金持ち、あ、日本人です。)ひそかに毎日彼のスタイルをチェックしていました。 知り合いではなかったので、直接聞くことはなかったですが、そのブランドがパタゴニアというブランドのもので、私の住んでいた町(コロラド州デンバー) にショップがあるとのことで早速直行しました。

たしかその紫のダウンが売っていていてあとで知ったのですがその名は「ダスパーカ」というモデル、高い。。300ドルオーバーだったかと

さすがに無理をしてアメリカに来ている分際でそれは買えない。。。 なのでその場を後にしたのでした。

初めて買ったもの

その後どこかのモールのアウトドアショップのセールで買ったのがこのシンチラスナップT

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かなりくたってますが20年以上たっていてもいまだ着てます(部屋着ですが)

ダスパーカをやっと買えた

日本に帰ってきて98年、一応就職もしたし自分に自由になるお金もわずかだが出てきた。そこで思い切って ダスパーカを求めに渋谷のパタゴニアショップへ。

表が青で中が赤のいわゆる[DAS PARKA ブルーリボン]というモデル。 48000円くらい?でした。

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たぶんこんな高価な服を買ったのは初めてだったと思います。帰り道はウキウキでした。

そして転売へ

けどサイズを誤りました。当時の私にはアメリカ企画のLサイズはでかすぎた。 うーん。どうしよう。と、ヤフオクをみるとユーズドでも定価前後で取引されているではないですか。

というわけで売っちゃいました。

その後オレンジ(ポップオレンジ)のダスパーカ、2000年の黒のダスパーカと売っては買いを繰り返していました。 2000年前後私はヤフオクでひたすら「ダスパーカ」を検索していました。馬鹿ですよね。

そしてブーム(僕の中でも)は去る

黒のダスパーカを最後にダスパーカの数珠つなぎは終わりました。2000年代はパタゴニアの検索回数もめっきり減りました。 まあ世の中もかなりブーム的なものもありましたね。

2010年第一子誕生とともに

2010年長男が誕生しました。そこで手に入れたのが BABYのパタゴニア。嫁の甥っ子のお下がりのダウンをいただいきものでした。 俺もほしいなあ。でもたかいよなあ。というわけで古着屋で購入したのがこちら。

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モデル名は忘れましたが、ダスパーカより安価なモデルです。

第二子が誕生して一年後。うちの嫁は某小売会社に勤務しているのですが、そこの社員販売でキッズのパタゴニアが超格安で売ってると (詳しくは言えませんが数千円) いきなり二着を買ってきました

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上が二男用、下が長男二着目

そしてこんどは私が嫁にダウンを買い求め。それが↓(キッズモデルです)

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我が一家一人一着パタゴニアのダウン

馬鹿な一家ですね。

病んでるのに