足るを知るを知る

40オーバーのおっさんの足るを知るための記録。身の丈にあったファッション、音楽、カルチャーを紹介してくブログです。

ひどい虫垂炎に罹った

こんばんわ。しばらくブログなんか書いてられない状況にありました。タイトルを見ての通りなんですけどね。虫垂炎にかかっってしました。

発症から回復に至るまでの顛末を記載したいと思います。

退院間際の暇なときに少しずつ書いていたので読みにくかったらすみません。

いやー辛かった。

入院前日

〇月〇日(金)、いつもどおり、早目の電車にのり始業30分くらい前に会社に到着。始業後、1時間を過ぎたあたりから、みぞおちあたりに違和感。風邪でおなかがやられているのかな?くらいな感じで軽く考えていたら、12時くらいに結構な痛みが出てきました。

軽く食事をとり、会社の胃腸科クリニックに飛び込む。毎度思うんですが、こういうとき(この時点では虫垂炎なんて思ってもいない)飛び込みで入った病院ではちゃんと調べてくれませんね。僕が悪いんでしょうか。

とりあえず一旦痛み止めの薬もらい会社に戻り。とはいえ痛くて、仕事どころではないので早く帰ることにしました。帰るのもしんどかったのですが、我慢しながら帰宅。そのまま次の日まで寝てしまいました。

入院当日

〇月〇日(土)起床。

寝れたこともあり、若干すっきり。でもまだ少し調子が悪い。身体のだるさと、なぜか痛いお腹の位置が、右下に移動している!さんざん調べた今ならすぐに『虫垂炎の典型的な症状』とわかるのですが、この時点では知る由もなし。

お腹も確かに痛いけど、耐えられない程ではない。このあとどうしようかなあ、なんて布団でウダウダしていた直後、第一の地獄がやってきました。まず寒気がとまらなくなり歯がガタガタしだす。何を着ても満たされることはなく体の芯から冷える、ヒドイ悪寒が襲ってきました。

それと同時に、パニックになったんでしょうか。呼吸が苦しくてぜーぜーいいだして、苦しい苦しい。これはやばい。

で家にいるのは私と5歳の息子だけ。息子は役に立つわけもなく、通勤中の嫁に連絡。話するのもつらいのでメールして救急車を呼んでもらいました。

救急車が到着してもう自分で歩けないので、担架に乗せられじっとしてます。助けがきたせいか、先ほどの苦しさが少しだけ引きました。

若干パニックになってたんですかね。

五歳の息子を救急車に同乗させるわけにもいかないので、同じマンションの人が預かってくれました。ありがたし。

地獄の始まり

さて、病院に着いてCTスキャンで検査したところ『盲腸ですね』と。治療方針としては、薬で炎症を抑えて様子を見る、いわゆる『散らす』治療をまず実施し、それでも炎症が収まらなければ手術するとのことでした。

原因も判明し、ちょっと安心したのもつかの間、先生が『しばらく数日は飲食はやめてもらいます』と。必要な栄養は点滴でとるとのこと。

お腹は痛いのに、普通にお腹が空いてる僕には厳しすぎる通告。というわけで数日断食による治療の開始でございます。

点滴をしながらひたすらベッドで安静にすること二日。地獄でした。暇すぎてテレビをつけてもグルメ番組ばかりが目につきます。

スマフォもいじる気にならず、ただひたすら耐える二日間

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結局手術

三日後の〇月〇日(月)朝から採血+レントゲンで検査。しばらくすると医師が来て、炎症の数値が全然下がっていないということで、すぐ手術ということになりました。

仕事中の嫁に早く帰って来てもらい、手術前の説明やら同意書などの書類の記載。CTを見ながら先生曰く、『こんなに綺麗に虫垂が腫れているのが写るのは多分バリウムですね。最近バリウム飲みました?』一か月くらい前に確かに会社の健康診断でバリウムを飲んだ。え、まじすか?バリウムが原因?なんで。 若干混乱しましたが、原因は多分そういうことだろうとのこと。健康を維持するために、バリウムで検査したのにまさか虫垂炎になるとは。

で、後々ネットでしらべたらバリウムって結構アレなんですね。。あ、各自しらべてみてください。

説明のあと一時間後に手術ということで、看護師さんやら麻酔医さんが来ていろいろ説明してくれます。全身麻酔を使い、腹腔鏡手術にて実施することのこと。

一時間後、歩いて手術室へ移動です。TVでみたような鏡張りの手術室に入ると、若干怖くなってました。麻酔科の女医さん数人にいろいろ取り付けられて酸素マスクをしたあたりから麻酔が効いて記憶なし。

2時間半くらい経ったでしょうか。僕を呼びかける医師の声で目覚めます。お腹はもちろんのこと、いろいろなとこが痛い。

まずは喉。全身麻酔のため呼吸も自分でできないみたいなので、術中は管かなんかが入っていたため、喉がイガイガしました。そして小便をするアノ場所。尿道カテーテルをぶっこまれたようなので少し痛い。そして尿意があるのにできないみたいな感覚。でも実際には自分の意志とは関係なしに出ているそう。 さらにはドレーンと呼ばれる、お腹の中に貯まる膿を抜く管が刺さってます。足にはエコノミークラス症候群を防止するためのマッサージが収縮を繰り返している。また口には酸素マスクが。

以上のような状態で、病室に戻されたのが18時くらい。今夜はこのまま寝ないといけません。これはきっつい。

案の定まともに眠れるわけもなく夢だか現実だかわからない状態で一夜を過ごしました。

術後二日目

〇月〇日(火) 朝から看護師さんが来て足のマッサージをはずしてくれ、さらには尿道カテーテルを思いっきり引っこ抜いてくれました。これはこれで痛い。

そんな状態のなか、レントゲン室へ検査に行かされました。さすがに歩いていくのはきつかったので、車椅子です。普通のことができないのがとっても辛かったです。この日も食事なし。

術後三日目

〇月〇日(水) 二日目よりだいぶ楽にはなったとはいえ、まだまだ辛い。起き上がるのだけでも億劫だし、咳払いするのも痛いし。もう覚えてないですが、この日にやっと放屁できたかと思います。

採血の結果、まだ炎症の数値が高いとのことでこの日も食事なし。熱が上がったり下がったりで体調は最悪でもお腹はすく。辛い。

術後四日目

〇月〇日(木) だいぶ記憶が薄れましたが、この日も食事なし。相変わらず何もする気がないのでテレビを見て時間をつぶす一日。

術後五日目

〇月〇日(金) この日にようやく食事が出た気がします。ただし、重湯と甘いジュース、若干のデザートのみ。

それでも約一週間ぶりの食事。おいしかったー。

以下はその日の夕食。

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塩パック?重湯に入れてみたけど美味しくなかった。

24時間常時点滴でしたが、朝昼晩の抗生物質?の投与のみになりました

術後六日目

〇月〇日(土)

このあたりからだいぶ回復してきました。食事も重湯から3分粥に格上げ。

おかずも細かくしたものですが、徐々に出てきました。そしてようやくシャワーの許可がでてすっきり。

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術後六日~七日

〇月〇日(日)、〇月〇日(月)

痛みもだいぶ薄れて食事もまだ五分粥ですが、形あるおかずが出てきました。

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術後八日

〇月〇日(火) 先日の検査の結果がよかったようで担当医が『明日あたり退院ですね』いきなりかよ。 ということでようやく退院が翌日になりました。

退院前日なのにいまだ全粥。痛みも引いたし、さすがにテレビだけだと暇だったので、病棟をウロウロしてました。何もないけど。

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退院~

翌日無事退院、その週は家で静養してました。そして翌週の月曜ようやく出社です。

現在

お腹の痛みもすっかりなくなったけど、便秘が酷くて。退院後気を付けながら普通の食事をしていますが、便意があまりない。あとお腹がすくタイミングかないかで、みぞおちが痛む。恐怖です。

これが続くようだったら病院に連絡しようかと思います。

まとめ

以上、虫垂炎と高を括ってましましたが、これほど辛い経験だったとは、と今思い起こしても身震いがします。

いやあ健康が一番ですね。今回のは防ぎようがなかったけど。